「母になるなら、流山市」はなぜ街を変えたのか|一人の市長が挑んだ自治体経営

財政赤字の地方都市から“人口増加率6年連続・全国1位”へ

〜行政に「マーケティング」を持ち込んだ市長の物語〜


少子高齢化と人口減少で、財政は3年連続の赤字。

「このままでは街の未来がない」——そう考えた一人の市長が、行政の常識にとらわれない改革に挑んだ。

全国初の「マーケティング課」設置、大胆な子育て支援策、企業誘致と徹底した行政改革。民間で培った発想を自治体経営に持ち込み、地方都市を全国屈指の人気都市へと変えた、現・流山市長 井崎義治さんの軌跡。

※本記事は公開情報をもとに構成しています。

目次

ストーリー

原点:火の車だった流山市

井崎義治さんが市長に就任した当時、流山市は少子高齢化と人口減少に苦しんでいた。財政は3年連続の赤字。税収も伸び悩み、街には将来への不安が広がっていた。

そんな状況のなかで井崎さんがたどり着いた答えはシンプルだった。「税収を増やすには、人口を増やすしかない」。地方都市の“あたりまえ”に抗う挑戦が、ここから始まった。

挑戦:全国初の「マーケティング課」

人口増加を実現するため、井崎さんは全国の自治体で初となる「マーケティング課」を設置する。ターゲットは、あえて子育て世代に絞り込んだ。

しかし、職員からは猛反発が起こる。「すべての年代に公平にサービスを届けるのが行政の役目ではないか」——そんな声が相次いだ。行政の論理と、市場の論理。その衝突を越えていく必要があった。

決断:民間の知恵を取り入れる

既存の行政組織の発想だけでは、改革は難しい。そう判断した井崎さんは、民間からマーケターを公募した。

行政の常識にとらわれない発想を次々と取り入れ、街づくりは新しいフェーズへと進んでいく。「自治体も、選ばれるために戦略を持つ」。その姿勢が、後の成果の土台になった。

戦略:「母になるなら、流山市」

流山市が掲げたキャッチフレーズは、『母になるなら、流山市』。

これは単なる子育て支援の宣伝ではなかった。「母として、一人の女性として、仕事も社会活動も子育ても輝いてほしい」——そんな想いを込めたメッセージだった。

明確なターゲットに、明確な約束を。このフレーズは全国的な注目を集めることになる。

実行:徹底した子育て支援

掲げた言葉を、井崎さんは具体策で裏づけていった。

保育園を積極的に増設し、13年間で17か所から102か所へと拡大。大型マンションには保育園併設を義務付ける条例も制定した。

さらに駅前には「送迎ステーション」を設置。朝に子どもを預ければ、市内すべての保育園へバスで送り届けるサービスを開始し、夜は20時まで利用できるようにした。こうした取り組みの結果、待機児童ゼロを達成した。

拡大:雇用創出と行政改革

人口を増やすには、住む場所だけでなく「働く場所」も必要だった。

東京ドーム20個分の敷地に国内最大級の物流センターを建設し、30社以上の企業を誘致。7,000人の新規雇用を生み出した。

同時に、行政改革も断行する。就任前は4冊・600ページあった街づくり計画書を1冊に集約。会議は立ち会議形式に変え、市役所内の応接セットも撤去した。こうした効率化により、3年間で5億円の人件費削減を実現した。

結果:全国が注目する街へ

改革の成果は、数字となって表れた。

直近10年間で人口は約5万人増加。人口増加率は6年連続で全国第1位を記録した。かつて財政難に苦しんでいた地方都市は、全国から注目される人気都市へと変貌したのだ。

「マーケティングの力で、街は変えられる」。それを証明したのが、流山市長・井崎義治さんだった。

このストーリーが人を惹きつける理由

行政に「マーケティング」を持ち込んだ

民間企業では当たり前の発想を行政経営に取り入れ、大きな成果を生み出した。

ターゲットを明確にした

全員に好かれようとするのではなく、子育て世代に集中した戦略が街の未来を変えた。

理想論ではなく「実行」した

保育園整備、企業誘致、行政改革。構想で終わらせず、具体的な成果に結びつけた。


自治体概要

名称千葉県流山市
現市長井崎 義治
所在地千葉県流山市
主な取り組み子育て支援政策/企業誘致/人口増加戦略/行政改革
公式サイトhttps://www.city.nagareyama.chiba.jp/

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出典・参考

  • 「ニッポンが流山になる日」(2010年・ぎょうせい)
  • TV番組「カンブリア宮殿」
  • 千葉県流山市 広報資料
  • 流山市公式サイト

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